2008.01.11
1/10、201系H6(H16)編成クハ201-126以下10連が長野へ回送されました。
H6(H16)編成は以下の通り
Tc126 MM'251 MM'252 Tc'126+Tc127 MM'253 Tc'127 1984.05川重
H6編成は、改正前までH16編成だった分割編成で東京方6連・高尾方4連に組み換えを行い改正後も分割可能編成として活躍した編成。組み換えを行った分割編成の廃車は初となる。これで中央線の201系はH1〜H5・H7・T102の7編成となった。
今回の廃回は早スジの予定が115系の車両故障による代車手配のため出庫が遅れ約1時間遅れで出発となった。途中の長時間停車はほぼ無かった模様で塩尻発車時にはほぼ所定のダイヤに戻ったと思われる。
201系族掲示板管理人のcharm1様、西東京鉄道管理局の元立川の人様と行動を共にし、上野原→富士見→明科と追いかけて撮影してきました。お疲れ様でした。
上野原は約1時間遅れで通過
かなり飛ばして行きました。
回9941M 豊田→長野
201系H6編成 上野原にて
塩山などでの長時間停車を削り約30分遅れまで回復し、立場川橋梁を通過していきました。
回9941M 豊田→長野
201系H6編成 信濃境〜富士見にて
ほぼ無停車で遅れ1時間を解消、最後の力走を見せた。明科にはほぼ所定の時刻に到着。
回9941M 豊田→長野
201系H6編成 明科にて
明科では約5分停車、しなの13号を先に通す。
乗務員お手製と思われるフ16の札が掛けられていた。(→拡大)
篠ノ井線内でネタは初かな?
在りし日のH6(H16)編成
■H16編成時代

▲組み替え前の姿。
2007.03.10 阿佐ヶ谷 2007.02.06高円寺
■H6編成時代

▲高尾方4両に組み換えられ分割編成として引退直前まで分割運用に充当され八高線・富士急行線に足を伸ばした。
2007.07.19阿佐ヶ谷 2007.06.19金子
H6(H16)編成は以下の通り
Tc126 MM'251 MM'252 Tc'126+Tc127 MM'253 Tc'127 1984.05川重
H6編成は、改正前までH16編成だった分割編成で東京方6連・高尾方4連に組み換えを行い改正後も分割可能編成として活躍した編成。組み換えを行った分割編成の廃車は初となる。これで中央線の201系はH1〜H5・H7・T102の7編成となった。
今回の廃回は早スジの予定が115系の車両故障による代車手配のため出庫が遅れ約1時間遅れで出発となった。途中の長時間停車はほぼ無かった模様で塩尻発車時にはほぼ所定のダイヤに戻ったと思われる。
201系族掲示板管理人のcharm1様、西東京鉄道管理局の元立川の人様と行動を共にし、上野原→富士見→明科と追いかけて撮影してきました。お疲れ様でした。
上野原は約1時間遅れで通過かなり飛ばして行きました。
回9941M 豊田→長野
201系H6編成 上野原にて
塩山などでの長時間停車を削り約30分遅れまで回復し、立場川橋梁を通過していきました。回9941M 豊田→長野
201系H6編成 信濃境〜富士見にて
ほぼ無停車で遅れ1時間を解消、最後の力走を見せた。明科にはほぼ所定の時刻に到着。回9941M 豊田→長野
201系H6編成 明科にて
明科では約5分停車、しなの13号を先に通す。乗務員お手製と思われるフ16の札が掛けられていた。(→拡大)
篠ノ井線内でネタは初かな?
在りし日のH6(H16)編成
■H16編成時代

▲組み替え前の姿。
2007.03.10 阿佐ヶ谷 2007.02.06高円寺
■H6編成時代

▲高尾方4両に組み換えられ分割編成として引退直前まで分割運用に充当され八高線・富士急行線に足を伸ばした。
2007.07.19阿佐ヶ谷 2007.06.19金子
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