209系ウラ1編成長野へ

2008.01.20
1/20、浦和電車区209系ウラ1編成クハ209-1以下10連がEF64-1031牽引による中央線回りの配給輸送で疎開留置先の東大宮操車場から長野総合車両センターへ回送されました。廃車・解体のためと思われます。

ウラ1編成は以下の通り
Tc1 T1 MM'1 T'14 T3 T4 MM'2 Tc1 1993.2東急 T'14は1996.4新津

ウラ37編成に続く量産車2本目の廃車となった。
試作車2編成(ウラ90.ウラ92)の配給のときに連結されなかったクモヤ145がパンタグラフを上げて機関車次位に連結されていました。

今回は大月?初狩のS字で機関車、クモヤが目立つように広角で撮影してみました。
思ったより209系が小さくなってしまいました…
珍しく日曜日に設定されてので沿線には多くの鉄な方が集まりました。

209系ウラ1廃車回送@大月?初狩
▲大月?初狩のS字カーブを行く209系配給列車
配9641レ 東大宮操(八王子)→長野 EF64-1031+クモヤ145-117+209系ウラ1 大月?初狩にて

スポンサーサイト



209系ウラ90編成長野へ

2008.01.11
1/11、浦和電車区ウラ90編成209系900番台(元901系A編成)クハ209-901?(サハ209-901除)が廃車・解体のためEF64-1031牽引による中央線回りの配給輸送で疎開留置先の東大宮操車場から長野総合車両センターへ回送された。
今回も狭小トンネル通過のためパンタグラフの舟は除去されていた。
これにより209系試作車は910番台B編成を残すのみとなった。

ウラ90編成は以下の通り
Tc901 T901 MM'901 T902 T903 T904 MM'902 Tc901 1992.3川重

サハ209-901はサハ201-55・モハ113-1085とともに2007年10月5日に川崎貨物へ回送され、その後川崎市営埠頭へ輸送されたのは知っているがその後不明。何かの試験に供された模様だが…。

因みにD-ATC対応化工事の際に制御装置をパワートランジスター式制御装置から量産車と同様の制御装置に交換している。

209系900番台廃車回送@信濃境?富士見
▲立場川橋梁をEF64-1031に牽かれ通過する209系900番台。(信濃境?富士見)

そういえば、機関車の向きが前回と違う…

ウラ90関連記事
209系900番台(元901系A編成)TKへ…(2007.08.28)
209系900番台(元901系A編成)東大宮へ…(2007.08.30)
サハ201-55・モハ113-1085・サハ209-901…(2007.10.05)

209系ウラ92編成長野へ

2007.12.21
12/21、JR東日本の新系列電車の始祖である209系試作車3編成のうち浦和電車区ウラ92編成209系920番台(元901系C編成)クハ209-921以下10連がEF64-1031牽引による中央線回りの配給輸送で疎開留置先の東大宮操車場から長野総合車両センターへ回送されました。廃車・解体のためと思われます。

ウラ92編成は以下の通り
Tc921 T921 MM'921 T922 T923 T924 MM'922 Tc921
1992.4川重(T923.T924は大船工場製)

今回は機関車次位にクモヤは連結されませんでした。新津製限定なのかな?

EF64-1031+209系920番台@上野原一見、量産車と見分けがつかないが短いスカートやVVVFインバーターのカバーの形状で試作車のC編成だと分かる。
機関車のパンタグラフのこと考えてなかった…orz

配9641レ 東大宮操(八王子)→長野
EF64-1031+209系920番台ウラ92 上野原にて


EF64-1031+209系920番台@上野原試作車なので6ドアマーク無し。方向幕は東大宮に疎開していたときのまま白幕で、反射板は端のほうに取り付けられていた。


最近、廃車回送記事ばかりですいません…。

209系ウラ37編成長野へ

2007.12.15
EF64-1031+Mzc145-117+209系@西条
▲列車交換のため西条で停車する209系配給列車

12/14、浦和電車区209系ウラ37編成クハ209-38以下10連がEF64-1031牽引による中央線回りの配給輸送で疎開留置先の東大宮操車場から長野総合車両センターへ回送されました。廃車・解体のためと思われます。

ウラ37編成は以下の通り
Tc38 T144 MM'75 T'2 T145 T146 MM'76 Tc38 1995.06.14新津

JR東日本の新系列車両の元祖209系が205系などの国鉄設計のステンレス車よりも早く編成単位での廃車が始まった、革新的なコンセプトであった「寿命半分」には勝てなかったようで、わずか12年で廃車となった。先に疎開回送された試作車より先に量産車が長野送りになったのは興味深いところ、試作車は実験などに供されるのだろうか?

長野へは、双頭連結器装備のEF64-1031が牽引で中央本線回りで運転となり、高尾以西の狭小トンネル通過のためパンタグラフの集電舟を撤去されていた。

また、クモヤ145-117豊田車がパンタグラフを上げて機関車次位に連結されていた。推測ではあるが、新津からの新製車配給は可搬式のブレーキ読替装置を使用し、自車でブレーキを制御するためパン上げで輸送されてくるが、今回はその装置を使うが209系のパンタグラフが使えないためクモヤが電源確保のため連結されたと思われる。

運転経路だが、東大宮操から上越回りだと機関車・クモヤ位置変更が多数必要になるため、長野までスルーできる中央線経由が選ばれたのだろう。

901系登場の頃から209系を追っかけ続けている大学の後輩と209系を途中の長時間停車を利用し初狩?笹子→明科?西条…と追っかけて撮影してきました。

EF64-1031+Mzc145-117+209系@初狩?笹子最初に初狩?笹子で撮影。あえてクモヤが見えないように…。
どう見ても、新津から新製されて回送されてくる編成に見えます…。
配9641レ 東大宮操(八王子)→長野
EF64-1031+Mzc145-117+209系ウラ37 初狩?笹子にて


EF64-1031+Mzc145-117+209系@明科?西条次に明科?西条で曇り空で露出が厳しい状態で撮影。ISO800なのでザラザラ…
機関車次位にクモヤ145-117がパンタグラフを上げて連結されている。狭小トンネル通過のためPS23パンタグラフ装備の豊田車が抜擢
配9641レ 東大宮操(八王子)→長野
EF64-1031+Mzc145-117+209系ウラ37 明科?西条にて


パンタ周り今回輸送された209系のパンタグラフは狭小トンネルに支障が無いように集電舟が除去されていた。

■おまけ
E233系@初狩?笹子13日に東急車輛を出場した青463+青663編成の試運転が14日豊田?酒折で行われました。

試9851M 豊田→酒折
E233系青463+青663編成 初狩?笹子にて

特集記事

201系廃車回送記事
▲管理人の201系廃車回送記録

月別アーカイブ

ブログ内検索

55958+347322+